「半島地域」は、海と山が近く、豊かな自然に恵まれた環境である一方で、平地に恵まれず、交通網が発達しにくいなどの制約もあり、全国平均と比べても人口減少や高齢化が進行しています。そんな厳しい状況にある「半島地域」の産業振興を目的として、国では、半島地域の事業者の設備投資に対する税制優遇措置である「半島税制」という制度を用意しています。
今回、半島暮らし学会では、この「半島優遇税制」を活用して、半島地域の豊かな自然や文化を活用して独自の事業展開を進めている事業者さんを取材しました。島原半島に続く第2弾は、同じく九州地方の鹿児島県、薩摩半島。
鹿児島といえば、西郷さん、そして今も噴火が続く桜島などが有名ですが、鹿児島ならではの食文化を語る上で欠かせないのが、芋焼酎! ということで、鹿児島市から北西へ30kmほどのところに位置するいちき串木野市の酒蔵のひとつ、濵田酒造さんにやってきました。
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目次
- 創業明治元年の濵田酒造で、本格焼酎の味・技・心を知る
- 昔ながらの木桶蒸留器と匠の技で、創業以来の味を再現する
- 半島地域への支援制度によって貯蔵庫を建設。エイジングで焼酎文化を全国へ広める!
- 鹿児島の甘い醤油には焼酎が合う
- 清酒だけじゃない! 焼酎も日本の国酒
創業明治元年の濵田酒造で、本格焼酎の味・技・心を知る
明治元年創業の伝統ある濵田酒造。3つある工場のうち、今回訪問した「伝兵衛蔵」は、いつでも無料で蔵見学をさせてもらうことができ、しかもスタッフの方が親切に内部を案内してくれます。
蔵の隣には売店とお食事処が併設されていて、クラフトビールや焼酎を飲みながら地元食材を使った料理を楽しむことができたり、もちろん売店でお目当てのお酒を買うこともできたりと、焼酎の世界を目一杯満喫できる酒蔵なんです。
それではさっそく蔵の中をのぞいてみましょう!

濵田酒造の三つの蔵のうちの一つ「伝兵衛蔵」

案内されながら「蔵見学入口」をくぐって木造の建物に入り、廊下を奥へと進みます
廊下を抜けてまず訪れたのは「DENBEE MUSEUM」と書かれた資料展示室。昔の焼酎造りの道具や写真などが展示されており、実際の醸造工程を見る前に蔵や地域の歴史を振り返ることができます。
ここからは、今回取材に応じてくださった濵田酒造の平石智也さんに中を案内していただきます。

広報宣伝課長の平石智也さん。好きな焼酎の飲み方はロックだそうです
平石さんによれば、鹿児島で焼酎造りが始まったのは16世紀頃だと考えられているそうです。初めは米焼酎が主流でしたが、桜島の火山灰に覆われたシラス台地では米が育ちにくく、代わりにサツマイモを原料とした芋焼酎が造られるようになりました。鹿児島のサツマイモ生産量は日本一。日本の総生産量の約3分の1を占め、その半数近くが焼酎造りに使用されているようです。
濵田酒造があるいちき串木野市は江戸時代に栄えた商人のまち。当時は焼酎だけでなく、味噌、醤油、質屋などの商家が200軒以上立ち並んでいて、今も8軒の焼酎蔵もしくは蒸留所があるそうです。

品質を一定にするために焼酎をブレンドするタンク
展示室を出て、いよいよ蔵へ入っていきます。
芋焼酎を造るのは夏から秋にかけて。それ以外の時期も麦や米の焼酎を造っているので、オフシーズンは無く、年中酒造りの様子を見学できるようになっています。
昔ながらの木桶蒸留器と匠の技で、創業以来の味を再現する
焼酎を発酵させるのに重要な役割を果たすのが麹です。焼酎造りに用いる麹には3種類あり、フルーティーな黄麹、コクとキレのある黒麹、穏やかで柔らかい味わいの白麹を使い分けているのだそうです。

一次仕込みの工程。水に麹と焼酎酵母を混ぜて六日間ほど発酵させる
種付けした麹と蒸した米を一次仕込み用の甕に入れ、一次発酵させます。二次仕込み用の甕に移したあと、主原料になるサツマイモや麦、米を加えさらに発酵させます。発酵を二回に分けて丁寧に行うのは、鹿児島の温かい気候でも原料が腐らないようにコントロールするためだそうです。

二次仕込みの工程。温度管理をしながら8日~10日ほど発酵させる

3日目の二次もろみ
10日間ほど発酵させたあとは蒸留の工程に入ります。本格焼酎の蒸留方法には常圧蒸留と減圧蒸留の二種類があり、常圧蒸留では原料の良さを活かした個性的な焼酎ができる一方、減圧蒸留では、沸点を下げることで原料由来の成分の抽出を抑えた雑味のない焼酎になるのが特徴です。濵田酒造の本格芋焼酎は常圧蒸留で造っているそうです。

木桶蒸留器。木桶の香りが溶込み、風味豊かな焼酎ができる
蒸留した焼酎は半年から1年ほど熟成させたのち瓶詰をして出荷するのですが、その前に異なる酒質のものをブレンドするそうです。
平石さんいわく「サツマイモの品質は毎年変わりますので、今年造ったものと去年のものとで酒質が微妙に違うんです。それを掛け合わせ、品質を一定に保つのが焼酎です。ウィスキーと一緒ですね」とのこと。ブレンダーの職人技ですね。

甕貯蔵庫。蒸留した焼酎を短いもので半年、長いものでは10年寝かせている
半島地域への支援制度によって貯蔵庫を建設。エイジングで焼酎文化を全国へ広める!
酒造りの工程を見て回った先に現れたいくつもの木樽。これは焼酎の保管や熟成をするためのものだそうです。

焼酎を貯蔵する木樽。貯蔵庫は半島地域の税制特例制度を活用して建てられた
実は、焼酎もウィスキーのように、樽で寝かせることで香りや色が付き、味が変わります。麦焼酎を樽貯蔵すると、まるでバーボンのような味わいになるのだとか。
このような焼酎のエイジングを通して、これまで基本的に安価な大衆酒として親しまれてきた焼酎に新たな付加価値をつけることができ、これまでと違う層に飲んでもらえる可能性が出てきます。そこで、さらに多くの焼酎を保管・熟成させるため、半島地域への税制特例措置を活用して、海沿いの工場に大規模な貯蔵庫を建てたのだそうです。
「南九州・鹿児島という土地柄、つくったものを届けるにも輸送のコストがかかります。地場のサツマイモで造った焼酎を県外や国外の人たちに飲んでいただいて、それが収入として地元に戻ってくるという意味では、焼酎はとても裾野の広い主要な産業になります。僻地だからこそ、地元で加工して出荷できるように支援していただける仕組みというのは非常にありがたいです。海外への進出はまだこれからですが、そこを見据えた焼酎づくりは必要だと思っています」と平石さん。

伝兵衛蔵に併設された売店には、目移りするほどたくさんの種類の焼酎がある
鹿児島の甘い醤油には焼酎が合う
濵田酒造の焼酎は、シラス台地でろ過された美味しい水と麹を使って造った穏やかな味わい。お湯やソーダなどで割ったり、食事と合わせたりして飲む日本の焼酎は、世界でもまれな蒸留酒だそうです。鹿児島県内には100軒以上の酒蔵、2000種以上の個性的な銘柄があり、味わいもとっても多彩。揚げ物や中華料理、またドライフルーツやチョコレートなど、さまざまな料理に合わせることができます。
「鹿児島の食べ物は甘いものが多いです。醤油や卵焼き、さつま揚げも甘い。お刺身も甘い醤油で食べます。清酒(日本酒)は焼酎と比べると少し甘く、焼酎はキレがいいので甘い食べ物とよく合います」。
ちなみに、いちき串木野市には「焼酎で乾杯」条例というものがあります。その名のとおり、焼酎による乾杯をまちぐるみで推進しようという一風変わったこの条例。日本では乾杯といえばビールが多いですが、いちき串木野市の人たちは、焼酎でいったん乾杯してからビールも飲むそうです(笑)。
平石さんが子どものころは、運動会で焼酎の酒盛りをしているお父さんたちが風物詩だったのだとか。
清酒だけじゃない! 焼酎も日本の国酒
昔は南九州でしか飲まれていなかった本格焼酎ですが、昭和40年代から50年代にかけて北上し、今では関東や静岡の辺りまで広まっています。いわゆる焼酎前線です。
「関東ではまだ焼酎が飲まれていない早い時期から、焼酎の文化を広めたいとの思いから、社長が東京進出を始めました。今は焼酎ブームが落ち着いて苦戦しているところもあるんですけど、まだ飲んでいない方々にも飲んでいただけるような美味しい焼酎をお届けできるようになりたいと思っています」。
鹿児島の人たちの暮らしに欠かせない焼酎。薩摩の文化が焼酎前線に乗って全国に届く日も遠くないかもしれませんね。
平石さん、この度は丁寧にご対応くださり、ありがとうございました。焼酎ができあがる工程を知れば美味しさも倍増!みなさんも一度、鹿児島へ足を運んでみてはいかがでしょうか?